「また、やってしまった……」
姫路の工業団地で派遣社員として働いていた頃、僕が最も恐れていたのは、ラインを止めること。
そして、上司の顔が般若のように歪む瞬間でした。
相生や赤穂の巨大な工場、高砂のプラントで働くあなたなら、この感覚が痛いほど分かるはずです。
製造現場は、徹底した「減点主義」の世界です。
100点であって当たり前。
ミスをすれば「給料泥棒」「やる気があるのか」と、人格まで否定される。
これは、加古川や姫路の総合病院で、一瞬の判断ミスも許されない極限状態で働く看護師さんや、たつの・宍粟の福祉現場で、利用者の些細な変化に神経を削っているケアマネジャーさんも同じではないでしょうか。
僕たちはいつの間にか、「ミス=自分という人間の価値がゼロ」という、恐ろしい方程式を脳に刻み込まれてしまっています。
1. 「ミスを恐れるほど、ミスが増える」という皮肉な構造
なぜ、あれほど気をつけているのに、またミスをしてしまうのか。
なぜ、上司の叱責に怯えれば怯えるほど、体は動かなくなり、頭が真っ白になるのか。
それは、あなたの能力が低いからではありません。
「評価される恐怖」によって、脳のパフォーマンスが著しく低下しているからです。
巷のカウンセリングではよく「もっと自信を持ちましょう」と言われます。
でも、現場で怒鳴られている人間に自信を持てなんて、海に重りを付けて飛び込めと言っているようなものです。
構造的な歪みはここにあります。
職場が「ミスを許さない」という空気を作れば作るほど、従業員の自己否定感は強まり、脳は「萎縮モード」に入ります。
結果として、さらにミスを誘発し、また怒鳴られるという「負の無限ループ」が完成しているのです。
2. 自己否定感は「性格」ではなく「システムエラー」
僕がフィールハートで学んだ最も衝撃的なことは、この自己否定感は僕の性格の問題ではなく、単なるシステム上のエラー(バグ)だということでした。
フィールハートのメソッドでは、自己否定感を次のように定義します。
「過去の経験や環境によって、脳が勝手に『自分はダメだ』と判断する自動プログラム」
つまり、上司に怒鳴られた時に「僕は無能だ」と感じるのは、あなたの本音ではなく、脳が勝手に走らせている古いプログラムに過ぎないのです。
これを理解したとき、僕の視界は一気に開けました。
工場のラインでエラーが出たとき、僕たちは機械の「性格」を責めたりしませんよね?
どこにバグがあるのかを探し、修正(デバッグ)するはずです。
心も、それと同じだったんです。
3. 「評価の蛇口」を上司に握らせるな
僕たちは、自分の価値という「蛇口」を、上司や職場という他人に預けすぎています。
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上司が機嫌が良ければ、自分の価値がある。
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ミスなく1日が終われば、自分を許せる。
これでは、あなたの人生は一生、他人の顔色次第の「奴隷」のままです。
加古川の夜勤明けの看護師さんも、赤穂の現場で汗を流す職人さんも、まずは「仕事の結果」と「自分の価値」を完全に切り離すことから始めてください。
フィールハートで教わる「自己否定感の手放し方」は、この切り離しをロジック(論理)で行います。
「自分を認めよう」と努力するのではなく、「なぜ否定してしまうのか」の構造を理解し、そのプログラムを停止させる。
これができるようになると、不思議なことが起こります。
上司がどれだけ怒鳴っていても、「あ、この人、今プログラムが暴走してるな」とメタ(俯瞰)で見られるようになるのです。
4. 姫路・播磨の空気を、僕たちの手で変えていく
僕は今、派遣社員という「替えのきく部品」としての生き方を卒業しました。
それは、正社員になったからでも、起業して成功したからでもありません。
「自分の価値は、誰にも査定させない」という後ろ盾を手に入れたからです。
もしあなたが今、職場の駐車場で、車から降りるのが怖くて足が震えているなら。
あるいは、暗い帰り道で、「明日の申し送りが怖い」と涙を流しているなら。
一度、その古いプログラムをデバッグしに来ませんか?
フィールハートの扉を叩くことは、自分を変えることではありません。
「自分を否定し続けてきた、おかしな構造」を破壊することなのです。




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